「もの」と「こころ」でつくる「こと」

教育現場でのデザインマネジメント

教育現場でのデザインマネジメント

「デザイン」と一言で言っても外観や実用面を考慮した造形物の意匠、および図案や装飾といった、芸術面からの「デザイン」と、目的を達成するための企画、計画、および設計といった意味で使われる「デザイン」がある。本書ではその両者がどちらも「デザイン」と言われるように、多摩美術大学の計画・設計分野の「デザイン」を35年間務めたホンダでの芸術面の「デザイン」と常に対比し、ホンダでどのように切り抜け、その経験から何を学んだのかを考察、その上で大学でどのような行動をとったのかが細かに書かれている。また、ホンダで成功したのと同様に多摩美術大学でも成功したのだ。
本書はとても不思議な本で教育分野にいる人、芸術分野にいる人のみならずモノを売る立場、モノを作る立場、経営的な立場の人にも読んでもらいたい。そう感じる本だ。本書の帯にファーストリテイリングの柳井氏の言葉が寄せられているが、本書の中でも柳井氏が岩倉氏を非常に評価していることをうかがい知ることができる。経営面において本田宗一郎氏の度々出てくる言葉が参考になる。
私自身、最近レッドオーシャンブルーオーシャンの話を会社にて雑談ベースで話をしていたことがあったのだが、相手が言っていたことと全く同様のことを本田宗一郎氏が言っているということに気づいた。つまり本田宗一郎氏の言うところの「半歩先」だ。進みすぎては他人はついてこれないのだ。上司も同様に完全なブルーオーシャンではなくニーズのあるところにはユーザーがいる、つまり半分ブルーオーシャン、半分レッドオーシャンあたりがちょうどいいと。私個人もその言葉を聞いて深く納得した。
モノを作る、売るという部分について当時のホンダは実に先を見通した議論が行われている。本書から引用するならば

工業化社会では単に有用な「もの」をつくることが目標だったのが、情報化社会ではできあがった「もの」が、どれだけ社会を理想的に変えるか、ということが目標になる。(中略)「家族でキャンプ」「恋人とデート」など自動車で何々ができると可能性を提案する時代になった。つまり、そういった「こと」がどれだけ人々の暮らしを豊かにするか、この点が重視される時代へと変化した(中略)「もの」から「こと」へ移行する時代は、コミュニケーションが重要な役割を果たす。

ということなのだ。本書の序盤と最後に南方熊楠の言葉が引用されている。それは「『もの』と『こころ』でつくる『こと』という不思議な世界がある」という言葉だ。今、この言葉をもう一度考えなければならない局面にいるのではないかと思わずにはいられない。人件費等の理由から日本から生産の拠点が海外に移転する事が増えた。つまり「もの」に携わる事がなくなり、最初から「こと」に入るが、「こと」ではコミュニケーションの重要性がそれほど語られていないのではないか。もちろんSNSが台頭しコミュニケーションの重要性は痛いほどよくわかっているだろう。ではmixiではないFacebookでもない、あなたが勤めている会社はコミュニケーションを積極的に利用して「こと」を顧客へ提示しているだろうか?